④ そらになる...

 そらになる心は春の霞にて 世にあらじと思ひ立つかな

 春の霞のように虚空になりたいこころが漂っている、
わたしはこの世を出ようと思い立つのだ...。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

山家集の詞書に、「世にあらじと思立ちけるころ、東山にて人々、寄霞述懐と伝事をよめる」とあるから、西行が23歳で出家する直前の作だろう。いかにも若者らしいみずみずさにあふれているとともに、出家のための強い決心を表しているが、誰もこのような上の句から、このような下の句が導きだされるとは、思ってもみなかったに違いない。それが少しも不自然ではなく、春霞のような心が、そのまま強固な覚悟に移って行くところに、西行の特徴が見出せると思う。その特徴とは、花を見ても、月を見ても、自分の生き方と密接に結びついていることで、花鳥風月を詠むことは、彼にとっては必ずしも楽しいものではなかった。(白洲正子「西行」より)

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
c0113539_22243035.jpg

五色台/西行の道にて



mail/追加
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
名古屋の桜が開花したと同時に当地も開花しました。
明日は雨で「花に雨」が早い時期に通過してくれれば良いのにと思います。

西行忌を喚起してくださりありがとうございました。
うっかりしていました。

空になる心は春の霞にて世にあらじとも思ひ立つかな
から
願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ
まで
西行の生きた時代を考えてみました。
そして富士の煙同様行く先を見定めることができなかった
「わが思い」はなんだったのか?
中野孝次はこの「思い」は命と読み替えてもよいでしょうと言っています。

窪田章一郎の解釈と異なるところです。
[PR]
by guminoki77 | 2008-03-23 22:44
<< 万葉集 ノート 6)竹林寺(第31番)、土佐路... >>